大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和40年(行ツ)52号 判決

上告人 高田茂登男

被上告人 人事院 外一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上理由第一点について。

所論は原判決には国家公務員法一〇〇条一項の解釈適用を誤つた違法があるという。

原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)が、行政管理庁の行なう行政監察制度の目的、行政監察業務の運営方法、秘密文書の取扱等についてした認定判断は、挙示の証拠および関係法令の規定に照らして、是認することができる。そして、右の事項その他原判決が適法に確定した事実に徴すれば、原判決が、本件著書等の取材文書の内容は、検察官の論告内容を掲記したもの等判示部分を除き、実質的に秘密事項に属するものであり、また、右取材文書は適式に指定された秘密文書であるとした認定判断、さらに、原判決が、原審における上告人の主張にこたえ、行政監察制度の目的は非違の糾弾ではなく、行政運営の改善にあり、行政監察の結果明らかとなつた行政機関の違法、不当の行為を含む業務実施上の欠陥は、行政管理庁長官の行政機関に対する適切な意見ないし勧告等によつて改善しうべきものであつて、これを一般職員が上司の承認なくして公表することを禁止することには合理的理由があり、本件著書等の取材文書の内容もみだりに一般に公表すべきものではない等とした判断は、いずれも正当として首肯することができる。

その他原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の適法にした事実の認定を非難するか、または、原審の認定にそわない事実を前提とし独自の見解に立つて原判決の違法を主張するものにすぎず、採用することができない。

同第二点について。

所論は、原判決は本件における特殊性をかえりみず、一般論、形式論をもつて律したため、上告人がその職に必要な適格性を欠くものと判断したというが、原判決の所論判示その他これに関連する認定判断は、原判決の適法に確定した事実および関係法令の規定に徴すれば、いずれも正当として首肯するに足りる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、独自の見解に立脚して原判決を非難するものであつて、採用するに足りない。 同第三点について。

所論は、原判決には国家公務員法七八条三号の適用を誤つた違法があるという。原判決の適法に確定した事実関係に照らせば、原判決が、本件著書等の内容が事実をわい曲、ねつ造したものでなく、真実を伝えたものであるかどうかはこれを問うまでもなく、本件著書等を刊行した上告人は、国家公務員法七八条三号に該当するとした判断は、正当として首肯することができ、また、原判決が、上告人は本件著書等の刊行による秘密事項の公表について行政管理庁の明示の承認を得たことはなく、かつ、黙示の承認があつたと認めるに足りる証拠もないとした認定は、挙示の証拠関係に照らして、是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、独自の見解を主張するか、または、原審の適法にした証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、採用することができない。

同第四点について。

所論は、原判決は重要な事実の判断を遺脱し、かつ、最高裁判所の判例に違反しているという。

本件記録に徴すれば、上告人は原審の口頭弁論において所論正当防衛の主張をしていないから、原判決にこの点の判断を遺脱した違法は存しない。なお、上告人は、原審の口頭弁論において、本件著書等の刊行は、公共の福祉を増進する等のために行なつたものであるし、また、行政監察の結果をすべて公表すべきである旨の上司に対する上申が容れられなかつたためにあえて行なつたものである等の主張をし、原判決は、これに対して、本件著書等の刊行が公共の福祉を増進するものではなく、また、行政監察の結果は行政監察制度の目的に照らして処置さるべきであり、その公表には慎重な考慮が必要である等の判断を示しているのであつて、原審の適法に確定した事実関係および関係法令の規定に徴すれば、右判断は正当として首肯することができる。所論は、原審でしなかつた主張を前提としてもしくは独自の見解に立つて原判決の違法をいうか、または、原審の適法にした事実の認定を非難するものにすぎない。なお、所論引用の当裁判所の判決は、事案を異にし本件には適切でない。論旨はすべて理由がなく、採用することができない。

同第五点について。

所論は、国家公務員法一〇〇条の規定自体は憲法二一条に違反するものではないが、本件免職処分の理由は原処分庁によりねつ造されたものであり、したがつて、本件著書等の刊行はなんら公共の福祉に反するものでないにもかかわらず、本件処分が適法であると判断した原判決は、上告人の表現の自由を抑圧し憲法二一条に違反しているという。

しかしながら、原判決は、その適法に確定した事実関係に基づき、本件著書等の取材文書は実質的にも形式的にも秘密事項に属し、また、上告人の本件著書等の刊行は行政監察制度の目的に反し、公共の福祉を阻害する結果を招くおそれがある等と認定判断し、その結果、上告人は行政管理庁行政監察局の職員としてその官職に必要な適格性を欠くものとして国家公務員法七八条三号に該当するものと認め、本件処分は適法であると判断しているのであつて、右認定判断はすべて首肯するに足りる。したがつて、所論違憲の主張は結局、その前提を欠くに帰するというべきである。論旨は理由がなく、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 大隅健一郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田 誠)

上告理由

第一、二点〈省略〉

第三点 原判決には、法第七八条第三号の適用を誤つた違法がある。

一、本件免職処分の理由を大別すれば、〈1〉法第一〇〇条の秘密をもらした、〈2〉事実をねつ造歪曲した、〈3〉上司の承認がない、の三点である。

したがつて法第七八条第三号を適用した本件免職処分が適法であるためには、その前提として右の事実が存在しなければならない。そのうち第一点についてはすでに詳述したので、他の二点について検討する。

二、事実をねつ造歪曲して行政監察の信用を傷つけたという本件免職処分の理由は、原処分庁によつてねつ造されたものである。

被上告人らは、上告人が本件著書の出版にあたつて事実をねつ造歪曲したとの点については、本件が人事院公平委員会および衆議院決算委員会でとりあげられた際に、被上告人らが、ねつ造歪曲の主張をすればするほど、皮肉にも本件著書の内容の真実性を彼らみずからの手で強調するという結果をまねいたので、被上告人らはこの経験に懲りて、一審および控訴審においてはことさらにその主張を保留したものと認められる。

しかるに原判決が、右のような本件免職処分の重大な理由の主張および立証がなされなかつた事実を軽視して、本件免職処分の当否を判断したのは軽卒であり、著しく公正を欠くものと認めざるを得ない。

とくに人事院が、本件免職処分の二大要素たる秘密漏洩とねつ造歪曲の事実の有無についてなんら触れることなく、処分は正当との判定をなしたにもかかわらず、原判決は「本件著書等の刊行を同法条の免職事由に該当する事実と認定しているのであるから、本件判定には、原告が主張するような違法は存しない」と説示する。免職処分の主たる理由が存在しなくても、単に著書を刊行しただけで免職事由に該当するというこの判決が違法でないとするなら、世に違法の事実は存在しないであろう。

三、原判決は、本件著書の発刊にあたつて、上告人が予め上司の承認を得たか否かを判定するにあたり動かし得ない事実を無視し、虚構の事実を作りあげた。

すなわち原判決は「行政管理庁では、昭和三二年九月下旬、事前に本件著書発刊の企図を察知し、原告の了承を得て出版社からそのゲラ刷りの提出を受け検討したところ」本件著書は監察報告書等の文書から取材しており、これを発刊することは「国家公務員法第一〇〇条第一項、服務規程第一〇条に抵触するだけでなく、その内容が事実に反するため、行政管理庁その他関係行政機関の信用を毀損し特定の個人の名誉にもかかわるものと判断したので、同年一〇月初旬、高柳行政監察局長、井原同局秘書課長、片山庶務課長らが」直接間接に出版中止を勧告したのに、上告人はこれをきかずに、あえて本件著書を出版した旨を述べている。

しかしながら片山庶務課長が上告人の自宅を訪れたのは、同証人の証言によれば、昭和三二年一〇月五日であり、しかも同証人はそのとき「原稿でもいいから見せてくれないか」と上告人に依頼した事実を証言している。(昭和三七年一二月七日東京地裁口頭弁論)このことは、行政管理庁が、同年一〇月初旬にはいまだゲラ刷りの入手も内容の検討もしていなかつたことを証明するものである。また井原秘書課長もゲラ刷りを入手したのは「出版の直前」であること、およびゲラ刷を検閲したあとでは、なんら中止の勧告も警告もしなかつた事実を同日の証言で明らかにしている。

したがつて昭和三二年九月下旬から同年一〇月上旬にかけては、行政管理庁は未だゲラ刷りを入手しておらず、また内容の検討もしていなかつたことは動かしがたい事実である。

しかるに原判決は、論理と常識を無視し、右証人らが測らずも馬脚をあらわした証言内容にまで眼をつぶり、入手していないはずのゲラ刷りを入手したごとく事実を曲げ、したがつて内容の検討もしていないのに、検討したかのごとくデツチあげ、さらにゲラ刷りを検閲したのちには、なんら中止の勧告もせずに放任していた事実があるにもかかわらず、(上告人はこれを暗黙の承認と認めた。)九月下旬から一〇月初旬にかけて、(すなわち内容検閲前に)出版切崩しのための脅迫や懐柔工作あるいはゲラ刷り入手のため暗躍の事実があつたのを奇貨とし、これを前記判決文に示すごとく事実を曲げ、被上告人に有利な判断を下したものであつて、その判断は事実に反するというよりむしろ虚構の事実をねつ造告たものとみるべきである。

以上のごとく、本件免職処分の理由とされた事実は存在しないのであるから、公務員不適格と認定することは、論理上不可能であるにもかかわらず、原判決はあえて法第七八条第三号の適用を維持したのであつて、その違法であることはまぬがれないところである。

第四、五点〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例